飛騨古川・高山

を巡る






飛騨古川・高山を巡る旅



  • 高山


    名古屋から特急ワイドビューひだに乗り、2時間半。
    幾つもの山を越え谷を越え、たどり着く。
    その間、風光明媚な景色があちこちにあり、退屈はしないが、
    しかし政治経済の中心地となった京都や名古屋からも
    これほど離れた奥地に、大そう賑わう町があるとはなかなか考えづらい。





    飛騨にはその立地ゆえの豊かな森林資源と鉱山があり、また、優秀な職人が多く居た。
    現に飛騨は職人の町としてその名を広めているが、
    何故古くから職人の町として栄えていたのか。
    それを紐解くと、はるか昔の律令時代から起源があるようだ。

    奈良時代、大宝律令の「租庸調」の納税を課せられたが、
    飛騨では当時、米や織物に恵まれなかったため、庸・調が免除された。
    その代わりとして、当時建設ラッシュにあった都の寺院や宮殿の
    造営にあたる職人を差し出すことが課せられた。
    年間約300日もの重労働を課せられたようだが、豊かな飛騨の森林で
    培った土木技術を発揮し、そこで見事に活躍。いつからか飛騨は工匠の里と呼ばれるほど、
    卓越した技術を持つ者が多くなった。

    納税を背景にして、飛騨の人々は自分たちの得意分野を活かすこととなり、
    そのことが飛騨の職人を育むことにつながったのだ。

    さんまち





    平安後期には徴用制度終焉を迎え、飛騨の職人たちは
    地元に戻って木工や建築の技術を活かしていった。
    その技術が脈々と受け継がれ、江戸時代には町屋建築の建物にも
    意匠が凝らされた。
    結果、町並みは見事なものとなり、現在でも職人たちが残した様々な
    町屋建築を楽しむことができる。


    町屋の様々な格子







    飛騨高山独特の、低い軒先が延々と連なる町並み。
    碁盤目に整理された区画を築いたのは、戦国時代後期に
    飛騨を治めた金森長近の功によるもの。
    金森氏は京を手本にした城下町の造営を行い、また交通整備を行って
    高山を商品の集積地へと変えた。また、豊かな森林資源や鉱山にも
    着目してますます経済を発展させた。





    そんな飛騨の繁栄ぶりが幕府の目にもとまり、
    江戸時代には幕府直轄地となり、代官屋敷も建てられる。
    観光名所の「高山陣屋」は日本で唯一現存する、代官屋敷である。

    高山陣屋

    高山陣屋内部


    飛騨はその後も、白川郷の集落などと同様、養蚕業でも発展し、
    巨万の富を得た豪商たちが現れ始める。旦那衆と呼ばれるようになった
    豪商たちは幕府の代官らにも影響力を持ち、またその財力によって
    高山が文化的により発展していくこととなった。



    現在の飛騨の繁栄は、そんな背景に支えられていた。
    いまの町並みも、意匠ある町屋建築が町中に立ち並ぶ。
    飛騨職人の伝統工芸や飛騨地方の特産品を扱う店舗が多く、
    じっくりと店を周ればそれだけで一日費やしてしまうだろう。


  • 古川

    飛騨高山はいまや一大観光名所となり、年中大勢の人で賑わう。
    現在でも町の大半が商店になっていることから、
    原風景的な景観が楽しめる場所ではない点は、残念でもある。

    半面、近隣の飛騨古川は、開発されすぎていない、
    素朴な飛騨の一面を楽しむことができる。



    清流があれば、酒造所あり。
    酒蔵の裏手には、1000匹もの鯉が泳ぐ小川が流れる。
    この白壁土蔵の景観は、飛騨に来たらぜひ眺めて帰りたい。





    また、古川には全国的にも希少な和ろうそく店がある。
    和ろうそくについて、私もこのお店のご当主から話しを伺うまで
    殆ど知らなかったが、奈良時代から流入して独自な製法を持つ
    ようになった和ろうそくも、電気の普及、洋ろうそくの台頭により、
    その存続についてまさに風前の灯火になっていた。


    和ろうそくの原料は、温暖な地方で取れるハゼの実で、
    この実をつぶして蒸して煮詰めて、木蝋というものを作る。
    この木蝋が40℃の熱で液体になるため、ぐつぐつと低温で
    煮詰めながら、何回も芯に蝋を塗っていく。
    また、ろうそくの芯には和紙、い草、真綿を使って円筒状にする。
    中に洞があるため、和ろうそくの火は、風がなくても揺らぎ、
    まるで火が生き物であるかのようないろいろな表情を見せ、
    独特の風情を生み出す。






    上述のように、和ろうそくは完全に植物性で作られるため、
    油煙が少なく、ススも少ない。空気を汚さず、周辺の物も汚さない。
    また、点いた火は風になびかれても消えづらい。
    洋ろうそくに比べて良いことづくめだが、やはり手がかかり
    コストがかかるのが、洋ろうそくの台頭に押されてしまう理由だろう。



    一本一本が手作業により作られ、お店では当主の職人技で
    作られる工程をじっくり見せてくれるため、実に楽しかった。
    また、年季の入ったそのアトリエも、すばらしい風情をもっていた。

    このような古き良き伝統を、よく知りもせず、
    「普段の生活には必要ない」と切り捨ててしまえば、
    いともたやすくそれを失わせてしまうことにつながる。
    このお店では直接、目の前で「体験」をさせてくれることにより、
    守るべき大事なものがどこにあるか、についての意識を改めさせてくれる。



    古川を代表する老舗旅館、八ツ三館。



    建物自体も登録有形文化財に指定されており、
    映画「あゝ野麦峠」にも登場する、老舗旅館。







    有形文化財の部屋に宿泊することもでき、また
    料亭旅館のため、飛騨の手の込んだ料理を堪能することもできる。
    当サイトでは宿の紹介は滅多にしないが、
    この旅館は古川の観光をより文化的に深め、印象的にしてくれるため、記述する。

    食事前には部屋に和ろうそくを灯してくれ、より一層旅情と風情に浸ることができる。



    和ろうそくもしかり、飛騨の木工技術を活かした家具用品しかり、
    飛騨の伝統工芸は、単なる昔の技術の継承だけではなく、
    現代に活かせるように新しいアプローチが試みられている。
    また、3Dプリンタやレーザーカッターを導入して最先端の
    ものづくりができるよう、古民家を改修したり、現代の中に
    飛騨の技術をどう取り入れるかを模索している。

    おそらく、どんなに素晴らしい伝統工芸も、今後の時代、
    ただ受け身で待っているだけでは失われてしまうのだろう。
    飛騨のように、自身の技術に伝統と誇りを持ちながら、
    時代の潮流に合わせた形を提案していくことが、必要になるのだろう。





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